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大阪地方裁判所 昭和23年(行)68号 判決 1960年8月19日

原告 角野和三郎

被告 大阪府知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「別紙物件目録記載の土地につき大阪府農地委員会が昭和二三年二月二九日になした、原告の訴願に対する裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

「一、大阪市東住吉区農地委員会は原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)につき、自作農創設特別措置法(以下自創法という)に基づき、同法第三条第一項一号に該当する農地であるとして買収計画を定めた。原告はこれに対して同委員会に異議申立をしたが却下され、さらに大阪府農地委員会(被告大阪府知事が受継する以前の本訴被告)に訴願したが昭和二三年二月九日棄却され、同年三月六日裁決書の送達を受けた。

二、しかし右買収計画は次に述べるような理由で違法であり、これを是認した訴願の裁決は違法であるから取り消されるべきである。

(一)  本件土地はいずれも農地ではなく、小作地でもない。本件土地は大阪市喜連土地区画整理組合に属する。同組合は昭和一三年五月三一日設立、昭和一四年九月二六日に大阪府知事の設立認可を得たもので、以来都市計画法第一二条第一項に基づき宅地造成のための組合事業に着手し十数年の長年月と巨額の費用を投じて道路、公園、広場等公共施設の新設拡張、土地の分合交換、整地ならびに上下水道、ガス、電燈等の文化的設備の整備、充実を行なうなど諸般の事業を施行し本件買収計画以前に仮換地指定処分も終えて、すでに組合事業は本換地手続を除いては全部完了していた。そして地区内には漸次住宅、工場等が相次いで建設されつつあり、市民住宅地または工場用地として交通、保健衛生上最も快適にして理想的な住宅地と一変するに至つたのである。原告も本件土地に住宅を建設するべく計画していたが、戦争中の資材統制のため所期の目的を達せられないまゝ時機の至るのを待望していた。ところで、これらの組合事業を施行するにあたつては地区内の土地は勢い荒廃を免れないとゝもに、土地利用の目的が宅地化にあるため耕作者との間に耕作権をめぐる種々の紛争が生ずることが予想され、かつ早晩耕作関係を清算する必要もあるところから、右組合はその事業に着手するに先立ち、これら耕作者との間の耕作関係をすべて終局的に解消させ、原告等土地の所有者は耕作者から土地の返還を受けたうえで事業を施行したものであるから区画整理地区に関する限りもはや法律上の小作関係は存在しない。戦争中あるいは戦後の食糧事情の悪化に伴い食糧補給のため本件土地を一時的に耕作し、そ菜類を栽培するものがあつてもこれは臨時的、暫定的な特異な社会現象であつて、これら使用者はもとより原告に無断で、不法に本件土地を占有しているにすぎず土地本来の用法に基づくものでもない。

このように本件土地は買収計画当時すでに宅地としての諸条件を具えていたものであつて、客観的な環境に照らして、耕作を目的とする土地ではなかつた。賃貸借、使用貸借等法律上の耕作関係も存しなかつたのである。

(二)  本件土地はいづれも自創法第五条四号または五号により買収から除外すべきものである。自創法第五条四号は自作農創設事業と都市建設事業との調整を規定するもので、その前段にいう土地区画整理は都市の建設上、市民の住宅予定地を確保するための宅地造成を目的とするものであり、したがつてまた土地区画整理を施行する土地は、耕作に供される土地とはその目的性質を異にし、宅地としての用に供されるべきものであることはすでに決定的であるから、かゝる土地は当然買収から除外すべきであることを定めたものである。本件土地が大阪市都市計画区域内に属し、かつ都市計画法第一二条第一項による土地区画整理を施行する土地であつて、前述のようにすでに宅地としての諸条件を充たすものであり、その実体は明らかに宅地である以上、当然大阪府知事は、自創法第五条四号により本件土地を「都市計画法第一二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地」として買収より除外するよう指定すべきものである。さらに、本件土地は大阪市の東南部の咽喉を握する地点に位置し、都心部の住宅街に接続するもので、大阪市および東住吉区の市民住宅政策、工場政策その他交通、文化等諸般の社会公共施設の遂行のため絶対不可欠の、最も重要な地帯にあり、右のような社会公共施設の急速な実現の要請されているのはまさに本地域であつて、本地域を除外してとうてい他に適地を求めうべくもない。現に東住吉区において日に月に市民住宅、工場、学校等が相次いで建設されつゝあるという驚異的な発展、膨張の事実こそ、この間の事情を如実に裏書している。今次の不幸な戦争のために食糧事情が悪化し、ために原告の承諾なしに不法にも本件土地を耕作するものが生じたけれども、耕作者に専業農家はほとんどなく、食糧事情の好転した現在、これを農地として永く反覆継続して耕作の用に供することは国家社会の利益ではないし、四囲の状況にも調和しない。宅地としての優秀性に着目し、これを宅地として利用することこそ、それによつて失うところ少なく、得るところ蓋し甚大であるといわなければならない。国から農地の売渡を受けた耕作者が農耕を廃し、機あるごとに土地を住宅、工場敷地等に高価で売却しようと計画し、あるいはすでに売却して不当な利益を取得し、自作農創設の目的に背馳して一般の批判の的となつていることは顕著な事実で枚挙に暇がない。これは大都市の特殊性を無視し、社会公共の福祉を忘れて無差別に買収計画を樹立した当然の帰結であると評してよい。以上のような諸事情を総合考察すれば、東住吉区農地委員会および大阪府農地委員会は本件土地につき、自創法第五条五号により「近く土地使用の目的を変更するのを相当とする土地」として買収より除外するよう指定すべきものである。

(三)  買収計画における土地の表示が現況に符合しない。

本件土地は前述のとおり買収計画前に仮換地の指定がなされている。仮換地の現況は旧土地と著るしく相違しているのに、土地台帳の記載により旧土地の地番、地積、所有者を表示した本件買収計画は、公示の内容において現況と符合しないものであつて、違法、無効である。

(四)  買収計画を定めるに当つては土地区画整理組合設立認可を取り消さなければならない。

喜連土地区画整理組合は都市計画法第一二条第一項に基づき宅地造成のために設立された公法人であり、その行為は行政行為に他ならない。およそ行政庁が一旦ある行政処分をなした後あらためてこれと相反する行政処分を行なおうとすれば、格別の規定のない限り先になした行政処分を適法に取り消してからでなければならない。かりに先の行政処分を取り消さないまゝにこれと矛盾する行政処分をなしたとすれば、後の行政処分は法律上無効であると解すべきこと明白である。自創法中には都市計画法に優先すべき規定はなにもなく他に自創法の優先することを定めた法規もないから、行政庁が自創法に基づき土地区画整理を施行する土地について買収計画を定めようとする場合には先の行政処分たる土地区画整理組合の設立認可を適法に取り消さなければならない。しかるに本件において右設立認可の取消がなかつたことは顕著な事実であるから、本件買収計画はすでにこの点において違法であり無効であるといつてよい。」

被告は主文第一項と同旨の判決を求め次のように答弁した。

「一、原告主張の一の事実は認める。

二、本件土地のうち七二七番地、七二八番地の二筆の土地は水井佐市郎が明治以前から、一、六三四番地、一、六三五番地、一、六三六番地の三筆の土地は中辻已之助が明治以前から、いずれも反当り二五円の地代で原告より賃借耕作しており、地代はいずれも昭和二二年度まで支払つている。いずれの土地ももちろん農地であるし仮換地の指定もなく自創法第五条四号または五号により買収を除外すべき土地でもない。よつて東住吉区農地委員会は自創法第三条第一項一号にいわゆる不在地主の小作地に該当するものと認め、昭和二二年一二月二八日買収計画を定め原告主張のように異議、訴願があつたがいずれも却下あるいは棄却され、大阪府農地委員会は昭和二三年二月二九日原告の訴願を棄却したうえ買収計画を承認したものである。本件訴願の裁決は適法である。」

(証拠省略)

理由

一、原告主張の一の事実は当事者間に争いがない。

二、本件土地は農地ではなく、かつ小作地ではないとの主張について

証人水井佐市郎の証言に原告本人尋問の結果を総合すれば、本件土地のうち喜連町七二七番地、同七二八番地の二筆の土地は田であつて、水井佐市郎は右二筆の土地を親の代から反当り一石六斗の年貢で原告より賃借耕作していたこと、証人中辻已之助の証言に原告本人尋問の結果を総合すれば、本件土地のうち喜連町一六三四番地、同一六三五番地、同一六三六番地の三筆の土地は田であつて、中辻已之助は右三筆の土地を親の代から反当り一石六斗の年貢で賃借耕作していたことがそれぞれ認められる。そして、証人木村繁雄の証言に原告本人尋問の結果を総合すれば、本件土地はいずれも喜連土地区画整理組合地区内の土地であつて、同組合においては土地区画整理事業に着手するに先立ち、地主側と耕作者の間で七年間無年貢とする条件で耕作関係を解消することとして、昭和一四年頃、右組合に対し知事の設立認可のあつた頃に概ねそのような話し合いが進められたことが認められ、証人水井佐市郎、同中辻已之助の証言および原告本人尋問の結果によれば、本件土地について右のような耕作関係の解消がなされたかどうかはともかく、水井佐市郎も中辻已之助も昭和一八年頃以後は原告の許へ年貢を納めておらず、その頃からは喜連土地管理組合の方へ賃料(金納となつていた)を支払つていたものであることが認められる。しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告は、水井佐市郎、中辻已之助が原告の許へ年貢を持つて来なくなつてからも耕作を続けていた事実を知つていたが、戦争中のことでもあり、その後も本件買収に至るまで別段異議もいわず、いわば同人等が本件土地を耕作しているのを黙許していた事実が認められるのであつて、これを要するに本件土地については少なくとも使用貸借関係があつたということができる。右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は本件土地はいずれも喜連土地区画整理組合地区内の土地であつて本件買収計画当時すでに仮換地の指定がなされていたし、道路、公園等の新設拡張、土地の分合、交換、整地、あるいは上下水道、ガス、電燈等文化設備の整備充実等諸般の事業も完了してあとは本換地手続を残すのみであつたから、本件土地の実体は宅地であつたと主張するけれども、証人水井佐市郎、同中辻已之助の各証言によると本件土地はいずれも買収計画当時はもちろん、昭和三三年当初においても現況田として耕作されており、その周囲もすべて田であつて住宅地まで二町から五町位も離れているものであることが認められる。一方本件土地について仮換地の指定があつたこと、その他前述原告の主張するような文化的諸設備等の整備拡張の事実がなされていたことなどの事実についてはこれを認定できない(証人木村繁雄の証言は、昭和二一、二年頃までには仮換地の指定がなされたというのであるが、原告本人尋問の結果と対比すると必らずしも信用できない)のであつて、そうすると本件土地はいずれも自創法にいう農地であつたと認めざるをえない。本件土地が農地ではなく、かつ小作地でなかつたとの主張は失当である。

三、本件土地はいずれも自創法第五条四号もしくは五号により買収から除外すべき土地であるとの主張について、

自創法第五条四号によつて知事がなす買収除外地の指定処分は、都市計画事業と自作農創設事業との調整の観点からなす知事の自由裁量処分であると解すべきであるから知事が右指定をなさなかつたからといつて違法であるとはいえない。

次に、証人水井佐市郎、同中辻已之助、同木村繁雄の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、喜連町七二七番地、同七二八番地の各土地は周囲田に囲まれていて住宅地まで約二町程離れており、同町一六三四番地、同一六三五番地、同一六三六番地の各土地も周囲田に囲まれていて住宅地まで約五町程離れていること、各土地の附近には買収計画当時住宅、工場もなくて、昭和三五年頃になつてようやく附近に住宅アパート工場が建ち始め、あるいは計画されるにいたつたにすぎないことが認められる。右認定に反する証拠はない。右のような事情を考慮すると本件各土地はいずれも自創法第五条五号にいう「近く土地使用の目的を変更するのを相当とする土地」ではなかつたと認めるのが相当である。本件土地がいずれも喜連土地区画整理組合内の土地であつて、都市計画法による区画整理を施行する土地であることは先に認定したとおりであるが、それだけでは自創法第五条五号により買収から除外すべき土地であるとはいえないし、また組合の事業が完了し上下水道、ガス、電燈等の文化的設備が整備されていたとの点についてはこれを認定するに足る証拠もないから、結局本件土地が自創法第五条五号により買収から除外すべき土地ではないとの認定を左右することはできない。原告の主張はいずれも理由がない。

四、仮換地の指定があつた本件土地について、土地台帳に基づいて地番、地積、所有者を表示したのは違法であるとの主張について、

買収計画における土地の表示はその対象たる土地を特定できるものであれば必要かつ充分である。そうすると、仮換地の指定があつても、土地の現実の使用収益関係が仮換地上に移るだけで土地の法律上の所有関係は依然として旧地上に存在するのであるから、買収計画を定めるに当つて土地台帳上の表示(すなわち旧土地の表示)を行なつたとしても土地の特定に欠けるところはなく、違法でないと解すべきであつて原告の主張はそれ自体理由がない。

五、土地区画整理組合内の土地については、土地区画整理組合の設立認可の行政処分を適法に取り消さない限り自創法による買収は違法であるとの主張について、

都市計画法に基づき宅地造成を目的としてなされる土地区画整理事業が自作農創設を目的とする農地買収と相容れないものであることは原告主張のとおりであるけれども自創法第五条四号前段の規定はまさにこの両者間の矛盾の調整をはかるべく配慮されたものである。すなわち同条項は知事が都市計画事業と自作農創設事業の重要性を考慮し、総合的な見地に立つていずれを優先せしめるかを決すべきものとし、都市計画事業を優先せしむべきものと認めた場合には同条同号による買収除外の指定をなすべきものとして、両者の調整を計つているのである。このように、自創法に基づいて、知事は都市計画事業と自作農創設事業のいずれを優先させるかを決定する権限を与えられているのであつて、したがつて右同条同号による買収除外指定を知事がなさなかつた以上、その土地につき買収計画を定めることは当然許されると解すべきである。原告の主張は採用できない。

六、以上のように原告の主張はいずれも理由がないから原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条により主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 中村三郎 上谷清)

(物件目録省略)

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